罪と罰を書く前のドストエフスキー

政治犯としての刑期を終え、シベリアから帰還したドストエフスキーを待っていたものは度重なる不幸であった。
病床に臥した最初の妻マリアの看病はドストエフスキーを疲弊させ、ポリーナ・スースロワとの不倫関係を持つきっかけとなった。
ドストエフスキーは妻マリアを差し置いてポリーナとのイタリア旅行を画策するが、一足先に旅立っていたポリーナは寂しさにかられて他人に身を任せ、ドストエフスキーを落胆させた。
それでもドストエフスキーは持ちこたえ、彼女とイタリア旅行に向かうが、その直前にヴィスバーデンで大勝していたこともあって、行く先々でルーレットに大金をつぎ込み、ポリーナにも愛想を尽かされる。
さらに、妻マリヤと実の兄ミハイルが相次いで世を去り、ミハイルが創刊した雑誌『世紀』も廃刊に追い込まれ、莫大な借金だけが残された。
新作『地下室の手記』も評価されず、失意のうちにあったドストエフスキーは悪徳出版業者ステロフスキーとの間に無謀な契約を交わし、それによって前借りした3000ルーブルを当座の借金の返済にあて、残った金を元手に再びヴィスバーデンに赴いた。
しかし彼はここでも大負けし、ホテルから蝋燭の提供さえ拒否されるという窮地に陥った。
このような状況の中で『罪と罰』初稿の執筆が開始されたのである。